オンラインとオフラインを融合することで新たな顧客体験価値を生み出す「OMO」。近年では、小売業を中心に先進的な企業においてOMOの取り組みが進んでいます。一方で、戦略としてOMOに取り組んでいくためには、オフライン・オンライン双方において、ビジネス・システム両面からの考慮が必要となり、難易度が高いものとなります。そこで本稿では、これからOMO戦略に取り組もうとしている企業に向けて、戦略を成功させるためのポイントやOMOの最新トレンド、有効な取り組みについて紹介してきます。
OMO(Online Merges with Offline)とは、オンラインとオフラインを融合することで、新たな顧客体験を生み出すという概念です。しかし、OMOの概念は少し抽象的で分かりにくいといえます。オンラインとオフラインの融合とは、いったいどういうことなのでしょうか?
ここでは、OMOの具体例を紹介します。近年では飲食店などを中心に「モバイルオーダー」と呼ばれる仕組みが普及しています。モバイルオーダーは、スマートフォンからオンラインで注文した商品を、実店舗で受け取ることができる仕組みです。モバイルオーダーにより顧客はレジに並ばず、また調理時間など商品の準備時間を待つことなく、商品を受け取れます。一方で、店舗側にとっても、レジでのやり取りの省力化などのメリットを得ることができます。
OMO戦略とは、このようにオンラインとオフラインを融合することにより、顧客へより良い購買体験を提供しつつ、自社もメリットを得ることを狙うマーケティング戦略のことです。OMO戦略により、顧客がオンライン・オフラインの境目を意識せずにサービスを受けられる体験を構築します。
なぜ近年ではOMOという概念に注目が集まっているのでしょうか?ポイントは、消費者の購買行動がオンライン上に移動している点にあります。
経済産業省が実施した「電子商取引に関する市場調査※」によれば、B to Cにおける国内のEC取引の市場規模は年々増加しています。2013年には約11.2兆円だった市場規模は、2020年には19.3兆円まで増加。また、購買全体のうちどの程度がECに移行しているかを示す「EC化率」については、2013年度の3.9%から8.08%にまで倍増しています。
※参考:経済産業省「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」
https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210730010/20210730010.html
一方で、オンライン上での取引においては「音響や店舗デザインなどでブランドイメージを伝えることができない」「きめ細やかな接客が難しい」「商品を触ったり試したりすることができない」といったデメリットもあります。そこで、他店との差別化を行う上でも、オンラインの弱点をオフラインで補完して、よりよい顧客体験を生み出していこうという動きが進んでいるのです。
日本以上にOMOの取り組みが進んでいるのが海外です。特に、アメリカや中国などでは様々な先行事例が存在します。
よく知られているOMOの事例としては、Amazon Goが挙げられるでしょう。Amazon Goの店舗では、オンライン上であらかじめ設定した認証方法や決済手段により、レジを通ることなく商品を購入できます。
また、バーチャル試着アプリであるZeekitでは、自分の写真を元にAIによりモデル画像を生成し、服やアクセサリーなどを着せ替えることができます。さらに、実店舗にもZeekitボタンを設置することで、その場ですぐにバーチャル試着が可能となります。この事例は「店舗で試着するのが面倒だけど、自分に服が合っているか知りたい」というニーズにこたえるOMOの事例といえるでしょう。
OMO戦略には、いくつかの類型が存在します。ここでは、近年注目されているOMO戦略のトレンドとして、3つの類型を紹介していきます。
まず紹介するのが、オンライン・オフラインでのポイント共通化の取り組みです。ポイントサービスは小売業における基本戦略であり、店舗にて物理的なポイントカードを発行している企業も多いのではないでしょうか?一方で、ECへ参入した際に、店舗とは別にポイントサービスを提供したというケースがよくあります。
このような状況の企業においては、店舗・ECのポイントを共通化することで、顧客に対する提供価値を向上できます。
さらに見逃せないのが、ポイント共通化による店舗とECの顧客データ統合です。ポイントサービス通して顧客の購買情報を収集する取り組みは一般的ですが、店舗とECの購買情報を統合することで、顧客データの価値を高めることができます。
オンラインのデータ活用はすでに一般化したのではないでしょうか?ECを通して収集したデジタルデータは、顧客のニーズ分析や自社顧客の特性分析に活用できます。
一方で、近年注目されているのが、店舗での顧客の行動データです。センサやAI技術の発達により、実店舗において顧客がどのように行動しているのか収集できるようになりました。例えば、店舗内にカメラを設置し、AIによりカメラ画像を解析することで顧客の回遊ルートを分析したり、キャンペーンブースにセンサを置くことで、店頭キャンペーンの効果分析を行ったりする取り組みも有効です。
さらに、上述したポイント共通化により店舗とECの顧客データを統合することで、よりデータ活用の幅は広がります。
店舗とECで在庫管理の仕組みが分かれてしまっている企業も多いのではないでしょうか?これは、店舗とECで別々に在庫管理システムを導入した場合に起こりやすい課題です。両者が分かれていることで、会社全体でみれば在庫があるのに、販売機会を逃してしまう可能性が生じます。
店舗とECの在庫管理を統合すれば、双方で在庫の融通を行えるようになります。また、在庫の統合により、過剰在庫・在庫切れ対策もしやすくなります。
店舗とECで在庫管理がバラバラとなっている企業においては、在庫管理システムの統合や連携により、店舗・ECの在庫を一元管理する取り組みが有効です。
それでは、自社のOMO戦略を成功させるためにはどのような観点を意識するべきなのでしょうか?以下では、「(1)顧客体験設計」「(2)タッチポイントの最適化とデータ収集」という2つのポイントについて解説します。
まず紹介するのは顧客体験設計の重要性についてですOMO戦略における最大のポイントは新たな顧客体験の提供にあります。OMO戦略を検討する際には、顧客側の視点に立って、どのような体験を提供すれば満足度を高められるかという観点が大切です。
新たな顧客体験を生み出すためには、検討プロセスに沿って顧客体験を設計していく必要があります。顧客体験の設計方法は、一般的に以下の流れで実施します。
① 現状の購買意思決定プロセスの整理
②-1 調査・検証による課題抽出
②-2 データ分析による課題抽出
③ 顧客体験の再設計
④ テストによる改善
まず、現状の顧客体験を可視化します。顧客は商品・サービスの購入に至るまでに、大まかに認知・情報収集・比較検討・購入・使用・共有といったステップを踏みます。現状では、これら各ステップでどのような顧客接点(タッチポイント)が存在し、どのようにアプローチしているのかを整理します。
次に、各ステップにおける課題を抽出します。課題の抽出方法は様々ですが、例えばアンケート調査やヒアリングの活用も一案となります。特に調査対象としたいのが、「商品を検討したものの購入に至らなかった」顧客や、「商品を購入したものの、すぐに解約した」顧客などです。これらの顧客から、なぜ商品を購入しなかったのか、または解約したのかを調査することで、課題が明らかとなります。
また、デザイン思考も有効な手法です。自社のターゲットとして想定できるペルソナを設定し、ペルソナが商品購入に至るまでのカスタマージャーニーを作成することで、顧客がつまずきやすいポイントを想像できます。
一方で、まったく別のアプローチとして「データ分析により新たな洞察を得る」という方法も考えられます。新しい顧客体験といっても、実際は難易度が高いものであり、どこから着手してよいか見当がつかないケースも多いと思われます。そこで、データ活用により顧客の実態を抽出する取り組みが有効となります。
例えば、顧客のセグメント分析はその一つです。年齢・住所・性別・家族構成・過去の購入履歴などの顧客属性情報を分析することで、自社のどの商品がどのような属性の顧客に支持されているか、もしくは支持されていないかが分かります。
このような分析を通して、課題の抽出を行っていきます。
よりよい顧客体験を提供するための近道は「課題の解決」です。抽出された課題に対応するためには、どのような顧客体験を提供すればよいかを検討します。
ここで初めて、OMOの概念である「オンラインとオフラインの融合」が効果を発揮します。OMO戦略を活用することで、これまでは解決が難しかった課題を解消し、新たな顧客体験を提供できます。
例えば、アパレル業界においては「ECでは試着ができない」と課題がありました。ここでOMOの概念を参考にすることで「ECで試着ができないのであれば、ECから店舗へ試着を誘導すればよい」という発想が生まれます。
このように、オンラインとオフラインを連携させることで顧客の課題を解決し、新たな価値を提供していくことがOMO戦略の核心です。
一度に最適な顧客体験を設計することは困難です。一般的には、テストを通して改善していく取り組みが必要です。
新しい顧客体験の提供を行う際には、プロトタイプの作成などにより有効性をテストします。実店舗での取り組みであれば、会議室などに仮想店舗を設置してテストする取り組みも検討できます。
テストを行う際には、チームメンバーなどの内部での確認だけではなく、可能であれば一般消費者などにもレビューしてもらうべきです。部外者が評価することで、より客観的な情報を集めることができます。
テストを実施することで、改善点が見えてきます。テスト結果をもとにブラッシュアップを進めることで、よりよいOMO戦略を検討できるでしょう。
OMO戦略を成功させるために、もう一点重要な観点が「タッチポイントの最適化とタッチポイントを通したデータの収集」です。
タッチポイントとは、企業と企業の接点となる場所のことです。従来、企業と顧客の接点は店舗や広告などに限定されていました。一方で、スマートフォンやECの普及により、これらに加えてスマートフォンアプリ・ECサイト・SNSなども新たなタッチポイントとなりました。OMO戦略を行う上では、使えるタッチポイントは多いに越したことはありません。現状で自社が保持している顧客とのタッチポイントを整理したうえで、タッチポイント創出の取り組みに不足がないかを確認します。
各タッチポイントには特性があります。実店舗のタッチポイントは細やかな接客や詳細なデータ収集などを行うことができますが、対象にできる顧客は限定的です。一方で、アプリやSNSなどオンラインのタッチポイントは、多くの対象にリーチできますが、詳細なアプローチは難しいといえます。よって、各タッチポイントの特徴に合わせた対応が必要となります。
タッチポイントを確保すべき理由は、顧客へのアプローチができることに加え、タッチポイントを通してデータが収集できるという点にあります。例えば、店舗でのアンケート調査は分かりやすい例といえるでしょう。
さらに、スマートフォンアプリなどのタッチポイントでは、顧客のログイン頻度や商品ページへのアクセス状況、キャンペーン施策への反応など、詳細なデータを収集できるという特徴があります。タッチポイントを構築したら、そこからどのようなデータを集めることができるのかを検討することが重要となります。
これらのタッチポイントから集めたデータは、自社のデータベースに一元的に保持します。店舗とオンラインで収集されたデータを、顧客に紐づけて一元化することで、より深い施策の検討に活用できるでしょう。
それでは、OMO戦略を進めていく上では、具体的にどのような取り組みを行っていくべきなのでしょうか?以下では、OMO戦略実現に有効となる取り組みを紹介していきます。
スマホアプリの導入はOMO戦略を進める上で必須とも言っていいでしょう。可処分時間の多くがスマートフォン利用に費やされる現代において、スマホアプリ導入により、顧客とのタッチポイントを開拓できます。
OMO戦略の観点では、「スマートフォンは常に持ち歩かれる」という点がポイントとなります。スマホアプリは、店舗における施策へ活用できます。例えば、EC上で在庫切れとなっていた商品が店舗に入荷した際に、その顧客が店舗の近くを訪れたタイミングでスマホアプリを通して顧客へ通知し、購入を促すような取り組みも検討できるでしょう。
一方で、スマホアプリに関する施策での注意点は「定着化の難しさ」です。一般的にスマホアプリがインストールされ、かつ定期的に利用されるようになるまでのハードルは高いものです。提供するアプリがどのような価値を顧客に提供できるのかを徹底的に検討しつつ、ユーザーに負担とならない顧客体験設計を行うことがポイントです。
近年では、CRM・CDP・MAに代表される顧客管理ツールが一般化しています。これらのツールを活用し、オンライン・オフラインの顧客データを統合していくことで、OMO戦略の立案につなげることができます。
以下では、各ツールの概要について紹介します。
CRM(Customer Relationship Management)は顧客のデータを関係者で共有し、営業やカスタマーサポートなどに活用していくためのツールです。CRMを導入すると、営業部門・マーケ部門・コールセンター・カスタマーサポートなどで一元的に顧客データを共有できるようになります。
自社の顧客情報を一元管理することで、営業から問い合わせ対応、サポートなどを一貫して実施できるようにしつつ、オンライン・オフラインにて収集したデータを活用できます。
CDP(Customer Data Platform)は企業が保有する顧客情報を一元的に蓄積するための顧客管理データベースです。CRMとCDPは似ている概念ではありますが、ポイントは「CRMを含め、企業が持つ顧客情報を集める」点にあります。多くの企業においては、上述したCRM以外にも、POSデータや販売管理システムなどに顧客データが点在している傾向にあります。CDPにデータを集約することで、自社の顧客データの価値を最大化できます。オンライン・オフラインで集めたデータをCDPに集約することで、効果的なOMO施策の検討に活用できるでしょう。
MA(Marketing Automation)は、マーケティング活動を自動化するツールです。見込み顧客の取得や管理から、成約につなげるためのコミュニケーションなどを実現します。MAを活用することで、オンライン・オフラインで獲得した見込み顧客を一元管理しつつ、オンライン・オフラインの双方にて見込み顧客へのアプローチを実施できます。これにより、例えばオフラインのイベントで収集した顧客に、メールやLINEなどオンライン上でアプローチするような取り組みも容易となります。
ECサイトはオンラインからオフラインへと顧客を誘導する施策を実施する際の起点となります。よって、OMO戦略を実現していく上では、ECサイトへの注力が重要です。
ECシステムが提供する顧客体験は、店舗での接客と同等のものであるといえます。店舗で良い接客を行えば自社のファンを増やせるように、ECシステムにて優れた顧客体験を提供することも、顧客ロイヤルティ向上に有効な取り組みでしょう。
ECサイトの改善におけるポイントは「とにかくストレスを感じさせないこと」にあります。Webのユーザーは気が短いものです。ECサイトのユーザーは、ページの表示速度が遅ければ簡単に離脱しますし、不明瞭なサイトや不十分な案内では購買行動にまで至りません。
OMO戦略を検討する際には「ECサイトで提供できない価値を補うために店舗というオフラインを活用する」という考え方が必要です。裏を返せば、ECサイトの改善により提供できる価値は、ECサイト上で確実に提供していくことが重要といえます。
本稿では、これからOMO戦略に取り組もうとしている企業の方を対象に、OMO戦略を成功させるためのポイントやOMOの最新トレンド、有効な施策について紹介しました。
特に小売業においては、OMOという概念の採用は必須となりつつあるのではないでしょうか?自社のオンライン・オフラインの活用状況を点検の上、どのような取り組みができるのか一度検討してみることをおすすめします。
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